戦後文学探検隊1 「幻化」 梅崎春生

f:id:apocalypsenow:20170129003454j:plain学生時代の思い出が染み込んでいる場所に行くのは、中毒性がある。
大学を卒業した今、歩いていると、過去と現在が繋がるような感覚があり、それがなぜか、自分の内側から笑いをおこさせることがある。
学生時代、友人とバカ騒ぎした場所やオンナと大喧嘩した場所にいると、ふふっと笑ってしまう。
過去の未熟な自分を思いだし、微笑ましさを感じる。それがなかなかクセになる。


梅崎春生の「幻化」(青空文庫)を読んだ。

主人公の五郎は東京の精神病院を抜け出し、九州へ旅立つ。

熊本には彼が学生時代を過ごした場所かあり、鹿児島には彼が戦時中に兵隊として駐屯していた場所がある。

戦争が終わってから20数年たっていて、五郎はすでに中年となっている。物語を通して、五郎は常になにかに怯えている。怯えゆえに、虚勢を張ったりする。
旅の中で、様々な情景が彼の過去の記憶を喚起する。海にゆけば、溺死した同僚との出来事を、宿屋にゆけば、教授との出来事を彼は思いだす。そしてまた、五郎は怯えと虚勢を繰り返す。
旅は最終的に阿蘇山の火口での、危険なギャンブルへと至る。

これらの過程が、最後の最後まで、漠然と綴られて、クライマックスもあっけない。さらりとしている。
平坦だと思う。だけど平坦だからこそ、彼の描写の一つ一つから、彼が抱えている闇が浮かび上がってくる。
彼が、過去、鹿児島と熊本で何を失って、精神病院にたどり着いたのか、ということも。

この小説の舞台の背景として、成長して経済大国となりゆく日本を想定したとき、この物語は、過去にとらわれ、時代とともに生きることができない男メンヘラの物語であるように思えた。

で、この小説を読み終わったとき、最初に書いた俺の、思い出のある場所に来ると過去の自分が微笑ましくて笑ってしまう癖も、結局は、作中の五郎の行動(たとえば、同僚が溺死した海の前で、オンナとイチャイチャすること)のような、過去の事実になんとか抗おうとする「虚勢」にすぎないのではないかと思って、いやーな気分になったよね。
俺も五郎みたいに恐れてるのかもね、過去に向き合う―さらにそれを通して、現在に向き合う―ことを。

もう一回読も。