一言映画評~『戦場のピアニスト』など

〔前の記事同様、『ヨーロッパ退屈日記』風に書きます〕

たまに青春映画を見たくなる

数ヵ月に一度くらい、猛烈に青春映画を見たくなることがあります。
こういうときは洋画より邦画のものを見たほうが落ち着きますな。
しかし『ウォ―ターボーイズ』なんかはややうるさすぎます。『桐島部活やめるってよ』はたしかにこういうときにピッタリの映画ですが、もう少し軽い映画でもいいような気がします。
いろいろ考えた挙句、『鴨川ホルモー』に落ち着きました。これは決して頭の良い映画ではありませんが、軽い作品で笑いどころも多く、物語の舞台となる京都の雰囲気などはなかなかよろしい。
わたくしが思うに、こういう笑えて、爽やかで、頭空っぽにして見ることができ、見た後に若返ったような気持ちがし、クオリティが低くない映画というのは、なかなか少ないものではないでしょうか。

良い映画

オレンジ・ジュースをシャンパンで割って、軽くステアしただけのカクテルを飲みながら、良い映画とはなにか、ということを考えてしまうのです。

わたくしとしては、まず映像美(というのも嫌な言葉だが)を第一にあげたい。
『ラスト・エンペラー』ほどのクオリティは求めませんが、それなりに圧倒的なものを見せてもらいたい。観客たちはラーメン一杯を我慢して節約したお金で映画を観に来ているのです。

第二に、物語の筋が通っているか(つまり、話の流れが急すぎたり、登場人物がデタラメなことを言っていないか、意味の通らない行動をしていないか、ということです)を重視します。ここが出来ていればわたしはそこそこ満足です。

あとは俳優の演技、音楽なども・・・・・・

・・・・・・

こんなことを言っていたらキリがありませんでした。
映画をはかる物差しは人それぞれ、無数のパターンがあってよろしいと思うのであります。




ところで、最近みた映画についてコメントしたいと思います。

戦場のピアニスト

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75点。なかなかの作品でした。見て損はないレベルです。登場人物の生と死の運命が次々に転換する映画なので、とても悲しい内容なので、見るのには体力が必要です。

プライベートライアン

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90点。何も言うことはありません。究極の戦争映画です。冒頭の上陸作戦のシーンから最高です。ほかに好きなのは、建物の壁が崩れて、中にいたドイツの将校とアメリカ兵が鉢合わせするシーンと、子どもを預かるシーン。こんなおもしろいシーンをよく考え付いたなという感じです。
持論ですが、〔笑いのない戦争映画はゴミクズ〕だと思います。
戦争の悲惨さや混沌を、悲しいシーンだけで描き通そうとするのは不可能です。なぜなら、戦争は人間が行うものである以上、滑稽なことが起こらないはずがないからです。
笑いを抜いてしまうと一気にリアリティを失い、クソ戦争映画になってしまうの
です。
プライベートライアン』はその「笑い」のバランスが良く、だからこそ、彼らがいかに過酷でくるった場所で戦っているのか、ということが観客に伝わるわけです。

グランド・ブタペスト・ホテル

75点。おしゃれなだけでつまらない映画だろうな、どうせほとんどのシーンがホテルの室内で完結するようなスケールの小さい退屈な映画だろうなと思っていたわたしは大馬鹿者だったようです。
この映画は笑いあり、サスペンスあり、アクションありで、しかも独特の雰囲気を持った傑作でした。

アルゴ

70点。CIA職員がアメリカ政府のケツを拭くだけの映画です。それ以上でも以下でもありません。退屈せずに見ることができるレベルではありますな。

愛と青春の旅立ち

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60点。アメリカの士官学校を舞台にしたお話です。たいした映画ではないのに、ネットではやたら評価が高いのはなぜでしょうか。

青天の霹靂

青天の霹靂

青天の霹靂

50点。平凡です。劇団ひとりが演じる役は悲しい男の役なんですが、彼がなにをやっても劇団ひとりがネタをやっているようにしか見えず、キャラクターに感情移入できません。あと、オチが汚いし、陳腐でした。あれで人を感動させようとしているなら、劇団ひとり氏には映画監督という仕事は向いてないと思いました。
こういう映画を見るたびに、芸人で映画を作る才能があるのはビートたけしだろうなと思ってしまいます。

赤ひげ

赤ひげ [Blu-ray]

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80点。もう、職人技というか、天才的な物語の構成というか、黒澤明を楽しめるヒューマニズムにあふれた映画です。主人公のひねくれたプライドの高い若い医者が、三船敏郎演じるツンデレの「赤ひげ」先生のもとで世の中をお勉強してゆく、ようは若い医者のインターンのお話です。赤ひげ先生が医者のくせにゴロツキをボコボコにするシーンが笑えます。

椿三十郎

椿三十郎 [Blu-ray]

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80点。最後の決闘シーンで有名な映画です。やたら頭の回転の速いおっさんの武士(三船敏郎)と若い武士たちが知恵を駆使して、悪事を働く藩の重役たちをやっつける話で爽快です。
この映画のすごいところは、「ずば抜けて有能な人間はどうあるべきか」を、おっさんと敵方の室戸という、2人の有能な武士の生きざまを通じて描いたところだと思います。





ここまで書いていて思ったのですが、黒澤映画の、特に『用心棒』『椿三十郎』『隠し砦の三悪人』『悪い奴ほどよく眠る』あたりの三船敏郎が演じるキャラクターがとてつもなくカッコいいのであります。

頭が良くて正義感があってユーモアがあって見た目が男らしくて腕っぷしも強い。映画を見ているうちに自然と信頼してしまうというか、応援してしまうというか。

こういうキャラクター、最近の映画やドラマなどからは消え去ってしまいましたね。平成にはいってからの時代モノの映画なんか、クールな主人公ばかりで、がんばってくれ!という気持ちにはなれません。

われわれは椿三十郎を失ってしまったのでしょうか。

映画『La La Land』感想(ネタバレほぼなし)~どこにでてきた滝廉太郎~

〔 (久しぶりに、新潮文庫からでている伊丹十三の『ヨーロッパ退屈日記』(の、何度も読んでいるスパゲッティのゆで方のところ以外)を読み返して、文体に影響されたので、今回は敬語で書きます。〕



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駅の構内にある千円カットで髪を切りました。

いつものように、若い美容師が、ハサミのさばき方はやや手荒いものの、安い料金でしっかりこちらのオーダー通りに散髪してくれます。

ここで働く美容師のなかには、いつか自分のお店を持つ、という夢を抱えながら一生懸命働いて経験をつみ、お金を稼いでいる人もいるのでしょう。

散髪が終わりました。

鏡で確認すると、これもいつものことですが、髪型の仕上がりは千円以上のクオリティで、たいへん気分がいいものです。

お店を出る時に、担当してくれた美容師に「ありがとう。素晴らしい仕事です。これからも頑張ってください。我々の世代は、勝利しなければなりませんよ」といいながらじっくりと小指にまで力をこめて握手をしたいのですが、そういう隙もなく、彼らのマニュアル通り、スムーズに出口まで案内されてしまいます。

いやはやまったく、マニュアルというものは人間の連帯を妨げるためにあるのでしょうか。



その後、駅から少し歩いた場所にあるレストランでランチをとりました。
サラダバーがあったのですが、ボウルのなかにサラダがなくなっていても、店員の娘さんたちはおしゃべりに夢中でなかなか補充してくれません。客たちがチラチラと視線を送っても、一向に気が付かない様子です。
わたくしはこういうときに、やはりマニュアルは必要なのか、としみじみ思ってしまいます。


『La La Land』


『ラ・ラ・ランド』Music PV“Another day of sun"




映画館で『La La Land』を見ました。

監督と脚本は、ジャズに取り組む若者の猛烈な挑戦の物語である『セッション』という作品の監督で知られている、デミアン・チャゼルという人物です。まだ三十代前半だというのに、熟練の監督のような重みのある演出で、今回もわれわれを楽しませてくれます。

主演は、ジャズピアニストの若者セバスチャン役のライアン・ゴズリングと、女優を目指す女の子ミア役のエマ・ストーン

本作はこのセバスチャンとミアの恋愛や夢や葛藤や挫折を描いたものです。

はじめに

この映画、お金を払って見る価値があるかどうか。

十分チケット代を回収できるくらいの満足感が得られる映画でしょう。
採点するなら80点はあります。普段文句をつけながら映画を見ている私ですら、もう一度見に行きたいと思っています。

特に、なにかになりたい、なしとげたいと思っている若者にとっては、大切な映画体験になるのではないかと思います。


最初の歌と踊りの場面

物語の始まりは、ロサンゼルスまでつづく高速道路のシーンから。
ロサンゼルスへ向かう高速道路は、夢に向かってつっぱしる人たちのエネルギーを象徴したものです。
道路に止まっているそれぞれの車から人がとびだしてきて、最初の歌と踊りが始まります。様々なパフォーマンスがカラフルに、そしてエネルギッシュに展開され、見ている方としては、うむ、なかなか元気が出るじゃないか、と思いました。こういうものを求めて人間はわざわざ映画館にゆくのです。


真面目な2人

セバスチャンとミアの2人とも、はっきり言ってそれほど美男・美女というわけでもありません。セバスチャンは長身のネズミのようだし、ミアの顔は日本人であるわたくしにとっては、映画が始まってからしばらくは金魚にしか見えませんでした。
しかし、そのようなことはどうでもいい。
大事なのは、彼らはとても真面目なキャラクターとして描かれているということです。ここに好感がもてる。セバスチャンはジャズの歴史を大事にし、自分もジャズの歴史のなかの一人であることを自覚し、それゆえに、ジャズに対する考え方の違いから、他人としばしば衝突します。そしてなかなか出世しないことで落ち込みます。

ミアは、セレブになることに憧れてはいますが、同じシェアハウスの女の子たちがパーティーで金持ちのオトコをひっかけることばかり考えているのに対して、そういう安易な成功を求める行動に乗り気ではなく、疑問をいだいています。セレブたちのバカさわぎパーティーのなかにいても、どこか落ち着きません。
2人とも、自分の興味があることや、その世界で生きてゆくということに、真面目すぎるがゆえに、人と対立したり、オーディションでカチコチになってうまくいかなかったりします。

なんと実直で素敵な主人公たちじゃないかと、わたしは感服し、応援してしまいます。
もし2人が典型的な、無責任でうるさくてバカで能天気で、そのくせ正義だのなんだの、えらそうにするようなアメリカ人だったら、こちらとしては席をたってラーメンでも食べに行っていたところです。

理想と現実

セバスチャンは自分の店を持ち、自分が演奏したいジャズを演奏すること、ミアは女優になることを夢見ています。「夢追い人」である以上、理想と現実のはざまで葛藤せざるをえません。
しかし、ミアが現実の冷酷さにノック・アウトしそうになれば、セバスチャンが理想を彼女に問いかけ、励まし、セバスチャンがそうなってしまえば、ミアがサポートします。
理想に生きる、現実を受け入れる。この2つが終始ふたりの関係を揺さぶるのですが、揺さぶられるほど2人は絆を強めてゆきます。まぁこのあたりはよくある、だからこそ共感を呼ぶ、恋愛モノの展開ですな。

夢の追い方の2パターン

これ以上のことはネタバレになるので書けないのですが、わたくしがこの映画を見ていて思ったのは、セバスチャンとミアはそれぞれ、別の夢の追い方をしているということです。
セバスチャンは、現実に出来ること‐それは自分の理想とは離れていることだとしても‐を積み重ねていくうえで、成功のヒントを掴んでゆく方法です。時間をかけて夢に向かって、右斜め上にすすんでゆくようなイメージです。

ミアの場合は、自分の理想があって、それに遠ざかるようなことをしない。何が何でも自分のやりたいことを追求する。そういうタイプです。これは夢に向かって垂直に線を伸ばしてゆくイメージです。

たとえばわれわれが作家になろうとした場合、

①執筆の時間を制限して、仕事をし、人生経験を積みつつ、それを作品に生かす。
②ひたすら、辞書や全集や資料だらけの部屋にこもって作品を書く

とりあえず、この2つがあるわけです。①がセバスチャンであり、②がミアであるということです。

主要登場人物2人に、こういう夢の追い方の違いをもたせて描写しているところ、さらに、その2人を接近・対立させることによって、それぞれの夢や理想にどのような影響があるのかまで描かれているところに、この監督を信頼する理由があるというものです。


レンタロー・タキ

エンドロールを見ていて、滝廉太郎の名前(アルファベット表記)を見つけました。どうやら、荒城の月をアレンジしたものが流れていたようです。どこで流れたのか、わたくしはまったくわかりませんでした。これはもう一度、劇場に足をはこばなければなりません。

全体的に

『フェーム』という映画があります。ニューヨークの音楽学校でスターを目指す若者たちの日々を描いたものですが、まったく、鑑賞に堪えないものでした。
なにが我慢できないかって、この映画の若者たちは、いくつかの真面目な学生を除けば、「スターになりたい」「有名になりたい」といいながら、自制心やプライドがなく、日常を疎かにし、本能のままに生きる下品な獣だらけなのです。やりたいことをやるために、自分を抑えて、やりたくないことも一生懸命にやらなければならない、また、真摯に自分と向き合わなければならないということを、この映画にでてくるほとんどの学生は理解していません。バカ騒ぎしてやりたいことだけをやってりゃいいってものではないのです。

この映画の最後がなんとまあ、ひどいものでした。
この獣フレンズと呼ぶべき若者共が、卒業発表で「私はスターになりたい~♪」とお父さんお母さんの前で歌うのです。

これには、普段はシャンパンを飲みながら、アーティーチョークをかじり、葉巻を吸いながら優雅に映画を鑑賞している私も、怒りのあまり、手に持っていたダンヒルのライターを床に叩きつけたほどでした。
この映画のような「筋の通らない」展開は金輪際やらないでいただきたい、と、強く思うのです。


『La La Land』はその点、しっかり筋が通っていて、見ているこちらとしても気持ちいいことこの上ないものでした。

なによりすばらしかったのは、最後のミアとセバスチャンの顔です。これが本物の大人の顔なのだと、本当の人生を生きる人間の顔だと思います。終盤の展開にはやや無理があるというのがわたしの意見(後述)ですが、これを最後に見れただけで、もうスッキリしてしまいます。



以上が感想なのですが、少しだけ文句を言わせてください。

2人の関係のまとめ方

『セッション』のときもそうでしたが、この監督は恋愛の「はじまり」と「まんなか」をうまく描けても、それ以降をしっかり描くことができないように思われます。唐突に関係が変化したり、物語から「まんなか」以降の恋愛の部分がすっかり忘れ去られているような印象を今回も受けました。

足りない

尺の都合上、しかたなくカットしたのだと思われますが、最後の方の2人の関係の変化のしかたや、2人の成長のしかたに、説得力が足りません。わたくしたちはノーカット版を待つことになりそうです。

人種差別的、白人至上主義的描写・・・・・・という批判

詳しくはネットで調べてほしいのですが。そういう批判があります。私はアメリカ人でもないし、黒人の歴史やジャズの歴史はほとんど知りません。しかし、少しだけ言わせてください。

黒人が始めたジャズを白人が演奏し、語り、踊る、それが映画になる。これは非常に微笑ましいことではありませんか。この映画にジャズをないがしろに、黒人の歴史をないがしろにするような人物がいたようには、また、そういう描写があったようには、日本人であるわたくしには思えませんでした。

wired.jp

白人至上主義的だ、アフリカン・アメリカンが後ろに追いやられている。


なるほど。そういうご意見もありましょうが、物語を通じてそれが表現されていたかというとそうではない。
イギリス人のライターで、WIREDに寄稿するくらいの人物ならば、もう少しわれわれをドキリとさせ、納得させるようなケチをつけないものかと思います。





最後に、本編についてではないのですが、もう一つ文句を言わせてください。

楽しくなる映画?

先週土曜日の王様のブランチで、映画コーナーのレポーターとして指名されたモデルの方でしょうか、ある娘さんが「劇場にいたサラリーマンが映画のあと階段を三段とばしで降りていった」と、この映画が楽しくなる、うきうきするような映画であるというようなことを言っていました。

この映画を見た後、そのコメントを思い出したとき、わたくしはまさか!と思いました。
この映画は最初こそ確かにうきうきわくわく、楽しい映画ではありますが、その後の展開やラストはむしろわれわれの心に迫るようなものであったはずです。見た後うきうきするようなものではありません。
この娘さんや、彼女のコメントにでてくるサラリーマンの男は、目隠しと耳栓をしてこの映画を見たか、『La La Land』が上映されているシアターではなく、女児向けアニメの劇場版が上映されているシアターに間違って入ってしまったとしか思えません。

まったく、こういう表面的すぎるコメントが、日本人が映画を見ることに未熟であることを象徴しているようで、わたくしとしても寒気がするというものです。

大江作品の登場人物のイメージについて+一言映画評

『静かな生活』という映画を見た。点をつけるなら60点くらいのたいしたことない映画だったけど、山崎努が演じる、登場人物の作家K(パパやKちゃんと呼ばれている)に、なるほど、と思わされた。
Kは明らかに大江健三郎自身がモデルなんだけど、劇中でKが、家の水道の修理を業者を通さず自分でやろうとする場面で、Kは庭に埋まっている水道管に詰まっているものを除去しようと、自作の棒状の修理道具を突っ込んで、ガコガコと汚い音をたてて動かして、泥だらけになりながら奮闘するのだけど、大江健三郎の作品の主人公(あるいは、大江自身をモデルにした登場人物)って、だいたいこんな感じだよなと思った。

へとへとになりながら。汚くて暗いものを、なんとか掃除したり、突破しようとしているイメージ。
自己肯定感が低い、っていう言葉では足りないな。
①自己肯定感が低く、救いようのなさがある
②それでいて、自己肯定感の低さに安住しているところがあり
③しかし、そういう状況を突破したいとも思っている
そういう人物。

万延元年のフットボール」「個人的な体験」「同時代ゲーム」「下降生活者」「叫び声」「人生の親戚」をこれまで読んだんだけど、そういうイメージの人物が必ず出てくる。

そういう人物がいかに、苦労の末に救われたり、妥協して現実を受け入れるかというところが、大江作品の特徴であり、魅力であるような気がするね。

汚くなりながら、そういう生き方をしながら、しかし、何かを掴むことはあるのだということを、大江作品からのメッセージとして、俺は受け取ったなあ。


万延元年のフットボール」なんか、暗いなーと思って読んでいると最後はスカッとするからね。

まさに汚れている管を通り抜けて爽快な風景に出会うような読後感だった。





最近見た映画の感想を短めに書いていきます。

WOOD JOB!〜神去なあなあ日常


70点。

惜しい。尺の問題か、どうも展開にちぐはぐ感がある。

特にラストはあれでいいの?って感じ。主人公と親の関係の描写が足りない。

題材はあまり映画で扱われていないもので、ストーリー自体は面白くて楽しく最後まで視聴でき、林業とそれを守る地域の雰囲気は味わえる。

マキタスポーツという逸材をもっと生かしてくれば・・・



タンポポ

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90点。

見るの3回目。面白い。伊丹十三は芸術的なこともできるのに、あえて大衆目線で作品を作ってきた映画監督だと思う。

芸術性のあるシーンは本気が出ていて素晴らしい。特に海女さんと牡蠣のシーンは何回も繰り返し巻き戻して見てしまう。最初にそのシーンを見たときは興奮してたまらなかった。あれほど見事な演出はなかなかない。

そういうため息がでるほどのシーンもあれば、随所で笑わせられ、スリルを感じさせられる。その緩急の心地よさ。しかも、本編と関係のないシーンが多いのに、物語の筋というか背骨を損なわない。



ジャズ大名

ジャズ大名

ジャズ大名


70点。

まずまず。破天荒な映画だが、頭を使わずにさらりと見れて、楽しい気分になれる。
城をぶち抜いて道路にして、幕府と新政府軍を戦わせるなど、演出が独特で、それだけで楽しめる。
古谷一行演じるお殿様のキャラクターも愛嬌があって見ていて飽きない。
タモリが最後の方で出てきます。
お殿様の妹がいい味出しているんだから、もっとキャラを掘り下げてほしかった。



うる星やつらビューティフルドリーマー

90点。

もう何回見たかわからん。見れば見るほど面白い映画。
何がいいかって、おちゃらけているんだけど、「終わりなき日常」というクソマジメなテーマを観客にぶつけてくるところがいい。
夜、あたるが大量のマネキンを載せたトラックやちんどん屋に遭遇するシーンや、しのぶちゃんが風鈴に囲まれるシーンなど演出も美しい。
そしてあの終わり方。毒があって観客への嫌がらせかとすら思う。

こんな傑作が地上波で流れないのは、やはり、冒頭にでてくる「純喫茶第三帝国」のせいか・・・



LIFE!

65点。

まずまず。もっとLIFE社の社内の様子とかを盛り込んでくれたら面白かった。というか、そうしてくれないと、LIFE誌の廃刊という出来事の重みが伝わらない。
あと、主人公の母親と妹がいらない。主人公が探しているフィルムのありかも、まったく意外性がない。こんなん入れるくらいなら、主人公を世界のあちこちに飛び回らせて、ようやく見つけた写真家からフィルムをもらうっていう展開のほうが、どれほど爽快感があったかわからない。なんで主人公が旅をするシークエンスが、寒い場所のシーン中心なんだよ。見ているこっちも寒くなる。


バットマンビギンズ

バットマン ビギンズ 特別版 [DVD]

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70点。普通。敵がバカばかりでスリルがない。特にショッカーみたいなやつら、バットマンの存在を知っていて、なんでゴッサムシティを壊滅させる計画を実行するより先にバットマンを片付けておかないのか。

ただ俳優の演技は悪くないので、それだけが救い。脇役がみんないい。

戦後文学探検隊 番外編 「風宴」 梅崎春生 +今後の方針など

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昔の小説なんか読んでるとよく出てくる、大学に行かねえで、下宿先に引きこもって、本と酒だけで生活しているような、退廃的な学生ってのは、憧れるよな。時代とか世間を遠ざけて、独特の時間を生きているようで。

 

優雅さとは違うんだよ。ゆとりがあるようで、ない。生きるとか死ぬとか、人生とか、社会とかを必死で考えるんだけど、結局、酒とか小説とかで、ぼんやり1日を費やしてしまう。

 

そういうことをしてたら、たぶん、のっぺりした人間にはならないんだよな。

俺の知り合いに何人か、こういう、退廃的学生的人間がいるけど、なんというか、みんな、面白いほど、顔や目に、影がある。だけど、暗いヤツってわけじゃない。人間性の、重いものと軽いものを、両方とも持っている。

 

そういうのが、本当の意味で、リアルが充実している人間と、言えるんじゃないかと、思うけどね。

 

俺もやりたかった。1年ぐらい大学を休学して、アパートなんかに引きこもって、いろんなものを読み、酒をあおり、めんどくさいことを考える。

 

今の時代、そんなことしたら、就活の時ケチつけられるのかもしれないけどね。グローバル化の時代だから、休学したのになんで留学してないんだって、くだらねぇことを、言われることもあるかもしれない。まぁそもそも、そういうことをする学生は、真面目に就活をしないだろうから、なに言われようが、おかまいなしか。

 

実にいいなぁ。

 

 

戦後文学探検隊、番外編

梅崎春生「風宴」(青空文庫)を読んだ。

 

(なんで番外編かっていうと、これ、梅崎が学生時代に書いた処女作で、戦前の作品だから)

 

シンプルな作品だったけど、なるほど、これは確かに梅崎だなというような、文中に漂う雰囲気の魅力があった。

 

 

「本郷の大学」の学生である主人公「私」は、古ぼけた下宿である「泥竜館」に住む知人で、「帝大を出た癖に毎日ぶらぶら遊んで」いて、「雑学の大家で、つまらないことを沢山知って」いる、「天願氏」のもとを訪れる。そのとき丁度、危篤状態の、宿の管理人の娘が、天願氏の隣の部屋で臨終を迎えようとしていた。

管理人の娘の死という出来事や、忌中の「泥竜館」での出来事を通して、この二人の人間関係を軸に物語は進んでいく。

 

 

あらすじはそんなかんじ。

以下、読んで思ったこと。

  • 風の表現

「風宴」というタイトルのとおり、作中には風がどうのこうのといった表現が随所に効果的に用いられていて、それが主人公「私」の抱える孤独を際立たせるとともに、風はまた、生き方が定まらず、感情がたえず揺れ動く「私」を象徴するものであるような気もする。

  • 「私」と天願

主人公の「私」は、天願が

「此の人が学校に出ないのは、自然にそうなったからさ。そんな風の性格に骨の髄から出来ているんだ。どうせここまで落ち込んで来るような種類の人間なんだ」

と言うような、タイプの学生。

 

帝大を出た癖にぶらぶらしている天願

帝大の学生なのに学校に行かずぶらぶらしている「私」

 

似ているタイプだけど、天願の方が年を食っているぶん、いちいち上から目線をかましてきて、「私」はそういう彼に反感と軽蔑とを抱きつつ、やっぱりどこかで、特別な感情を持っている。

「私」は不安定な人間で、身の回りの何にも満足してないひねくれ者なんだけど、身近に天願という、自分と似たような生活をしているのに、下宿先の人々に尊敬され、彼自身がマイペースで、なんか楽しそうに生きているOBがいる。そういう存在を見て、ひたすら葛藤する「私」の姿。

 

自分の生き方を摸索していて、でも、なかなかうまくいかない人は、共感すると思う。

 

だれも本当は、堕落した生き方などしたくないんだよね。

真面目に勉強したり、努力したりして、成果をだしたりして、他人に認められたい。

 

だけど、どうも、「これだな」というものが掴めない。

 

若ければ若いほど、特に、大学生みたいに中途半端な余裕があるほうが、悪しきウロボロスというか、延々と考えを巡らせて、答えになかなかたどり着けないなんじゃないかと思う。身近に、なかなか上手く人生を運んでいる(ように見えるだけなのかもしれないけど)親戚とか友達がいると、なおさら、自分は人生で、どういう風に勝負すべきだろうかと、考えてしまう。

考え込んでしまうと、それだけ行動を起こすエネルギーが減って、常に不安になり、あとは堕落しかない。

 

この物語の主人公「私」も、そういうところにいたのだと思う。

そう思うと、物語中、「私」がいきなり泣きだすシーンがあるんだけど、ここでの「私」の感情が、しっかり伝わってくる。

 

 

 

この小説は繰り返し読んだほうが面白いかもしれないし、泣けるかもしれない。

もう一回読むわ。

 

 

おしまい

 

方針について

戦後文学探検隊についてなんだけどさ。

これから改めて心がけようとおもっていることがあって、それは、

・作品を読んだことがない人でも、理解できるように書く

ってこと。

ストレス発散に書いているものだから、あんまり他者を意識して書いていないんだけど、ここに書いたことがきっかけになって、青空文庫とか図書館とかアマゾンで、入手して読んでくれる人がいたら、それはそれで、いいなと思う。

 

これからについて

できるだけ青空文庫で読める短めの作品を扱おうと思ってたんだよね、スマホで読めるし。

でもさあ、やっぱり、それだと作品がだいぶ限られてしまう。梅崎春生の作品ばっかりになってしまうから、どうも面白くない。

今、手元に、

 

太陽の季節 (新潮文庫)

太陽の季節 (新潮文庫)

 

 

 

俘虜記 (新潮文庫)

俘虜記 (新潮文庫)

 

 

 

真空地帯 (新潮文庫 の 1-2)

真空地帯 (新潮文庫 の 1-2)

 

 

 

神聖喜劇〈第1巻〉 (光文社文庫)

神聖喜劇〈第1巻〉 (光文社文庫)

 

 

なんかがある。

これからはとりあえず、これらをやろうかなと思う。『神聖喜劇』は光文社の3巻まで読んだけど、それきりなので、まだまだ先になるかもしれない。これがまたなげぇ作品なんだよな。クソ面白いんだけどね。

現在、取り組まなければならないことや、勉強しなければならないことが多く、小説を読むのは平日で1時間ぐらいしかないけど、『俘虜記』ぐらいのボリュームのものなら、1か月で無理なく消費できる。もともとストレス発散のために書いているので、今後は、基本的に1か月に1冊ペースでやっていくのが、いいと思う。それ以上のペースだと、逆にストレスになりそうで本末転倒だから、そうしようと思う。

 

突発的になんか書くのもあるかもしれないけどね。

 

「弱きわれら」の違和感~映画「沈黙」のキャッチコピーは、誰に向けたものなのか

映画「沈黙」の公式ホームページを見てほしいんだわ。

トップページの広告の上部に「なぜ弱きわれらが苦しむのか-」ってキャッチコピーが書いてあるんだけど、映画を見たあとだと、ハァ?って思った。


弱きわれらって、たぶん作中の切支丹たちのことなんだろうけど、

あいつらめっちゃ強いよね?

そりゃ、立場は弱いよ。武士でもないし。

でも、精神的にめちゃくちゃ強くね?

モキチなんか、役人にいたぶられても聖歌を歌ってたし、みんな意地でも信仰を守ろうとしてたじゃん。必死に逃れてさ。捕まってもなお、「転ぶ」のを拒否してね。
弱かったら、幕府がキリスト教を禁じた時点で、信仰を捨ててるでしょ。


作中の切支丹の人々は精神的には強いんだよ。
身分が低く、立場の弱い人たちが、幕府の役人にいたぶられて、いたぶられて、死ぬまで信仰を失わず、意地の強さを見せた。

だから泣けるんでしょ、悲しいんでしょ。神父たちも苦しむんでしょ、健気に信仰を守りぬいてる連中が「転ぶ」誘惑に耐えて耐えて耐えて、そして死んでいくのやいたぶられるのを見て。(なかには、信仰を守り通せず転んだやつもいたけど、そもそも、さっき言ったように、幕府が取り締まってるのに捕まるまで信仰を保ってた時点で、充分強い人間じゃないかと思うよ、やっぱり。)


100歩譲って、もし切支丹たちが弱い人間だとしても、

「なぜ弱きわれらが苦しむのか」なんて問いは彼らの頭になかったと思う。
「弱きわれら」って、作中の切支丹たちは、自分たちのことをそんなふうに弱いなんて思ってなかったと思うよ。
そんな悲観的じゃないでしょ。
そんな悲観的な問いを自分自身にぶつけてた切支丹でてきた?

俺覚えてないけどね。

むしろ、負けないぞ!って信仰を守り通した奴、結構出てきてたと思うんだけど。牢屋のなかでも神父の話聞いてたし。

一体だれが、「なぜ弱きわれらが苦しむのか-」って考えてるの?

 
最初に言ったけど、「(立場の)弱きわれらが苦しむのか-」なら一応の意味は通じるよ。キャッチコピーとして成立しますわな。

でも、こんな時間をかけて丁寧に作られた大作に、そんな浅いキャッチコピーつけちゃうの?

ちがうと思うんだよね。

「(立場だけでなく、人間として)弱き我らが苦しむのか-」

だよね。

でも、だとしたら、そのキャッチコピーちょっとおかしいよって、幕府が取り締まってるなかで信仰を保ってる時点で強い人間だし、作中の「転ぶ」ことを拒絶した切支丹たちはまったく弱い人間ではないし、「なぜ我らが苦しむのか」なんてことを考えてる悲観的なやつ、いなかったよねって、俺は思うんだけどねぇ。


じゃあ、なんでこのキャッチコピーなのかなと考えると、「なぜ弱き我らが苦しむのか-」って普段考えているような、ブラック企業で働いてたりする人のような、現代社会で弱い立場にいる人に向けて、この映画を届けたかったからかなぁ。

結局、このキャッチコピーって、「沈黙」のキャッチコピーではなく、「沈黙」を見に来た観客のキャッチコピーなのかもね。

映画『沈黙』感想(ネタバレほぼなし)~スコセッシの懐石料理について~

マーティン・スコセッシ監督の新作映画、『沈黙』みた。

最初に言うけど、映画館に1000円払って見に行く価値があるかないかと言えば



あります。

この映画は、マーティン・スコセッシの高級な懐石料理である

と、思う。

叩きどころがない。

蝉の鳴き声が無音に変わり、その瞬間にシンプルなフォントで「silence」の文字が現れるタイトルシーンから、最後のある人物の葬儀のシーンまで、丁寧で上品な映画だった。どのシーンのどのカットも洗練されていて、美しかった。だから、監督の伝えたいものがストレートに伝わってきて、それこそ、聖書の一節をじっくり読んでゆくような味わい深い映画になっている


いいところを挙げていく

・全体的に展開の緩急がしっかりしていて、長い映画なのに、退屈さは感じない。

・序盤の、ロドリゴ神父が最初に出会ったキリシタンたちが、信仰を捨てなかった罰として、海で責めを受け、一人、また一人と死んでゆくシーンは、モキチ役の塚本晋也の熱演もあって、壮絶な仕上がりになっている。
この時点で劇場内のあちこちからすすり泣きが聞こえた。


・中盤のロドリゴ神父が牢屋に入れられてからの展開。
緩慢な踏み絵のシーンから、こちらが気をゆるめているところに、いきなり、キリシタンが直面する現実を思い知らされ、ロドリゴ神父が泣き叫ぶ一連のシークエンスの間の取り方はさすがというほかなく、溜め息が出た。(ロドリゴ神父がフェレイラ神父とお寺で再会し、会話するシーンの間も絶妙だった。)

・中盤、処刑されたキリシタンの遺体が引きずられ、その血が、地面に赤い直線を描く。その映像美。
この映画は、残酷なシーンが少なくないが、気持ちの悪い描写をテンポよく処理していくから、ほどよく印象的で「どうだ、痛そうだろ、刺激的だろ」といった、未熟な監督の作品にありがちなグロ描写の嫌味がない。


・神父と対峙する、井上筑後守を演じるイッセー尾形。特徴的な高めの声が、善良で、民に微笑み、親しく接するが、異教徒に対しては容赦せず、布教を阻止するためならどんな手段も使う、二面性のある政治的な人間である井上の役に合っている。イッセー尾形が井上を演じることにより、ユーモラスさと不気味さが井上という存在に添加されていて、助演男優賞受賞モノの好演と言わざるをえない。

・終盤、フェレイラ神父がなにげなく、ふと漏らす一言、キチジローとロドリゴ神父がむかえる結末。ここで、彼らの信仰がどれほどのものなのかを、観客は思い知らされ、驚かされ、また、感動させられる。それほどまでに重みのある場面を、それぞれ、さりげなく描写しているのが本当にニクい。



いいところを列挙するとこんなかんじ。
他にも、「転ぶ」という言葉を、転ぶ=棄教ではなく、転ぶ=棄教➕恥辱というような、棄教という意味だけではない意味を持たせているところのこだわりとか、フェレイラ神父とロドリゴ神父のお寺での再開の場面の、フェレイラ神父役のリーアム・ニーソンの顔の演技とか、グッドなポイントはいくつもある。


だが、少しケチをつけさせてもらうと、

・尺の都合上カットされたのだろうが、ガルペ神父がロドリゴ神父と別行動をとったあとの描写が足りず、彼がむかえる結末のシーンが唐突なように感じる。ロドリゴとの別れのあと、どのようなことがあったのか、ワンカットいれてほしかった。

・原作でどうなってんのか知らないけど、ロドリゴが山を歩いていていきなりキチジローと出くわすシーンは不自然だし、キチジローが役人を連れてくるのも、お前いつ役人を呼びに行ったんだよって思った。

ロドリゴ神父が捕らえられて牢まで連行される場面で、長崎の街が出てくるけど、ちょっと雰囲気が騒がしすぎる気がするんだけど、江戸時代の長崎ってこんな賑やかだったのかなぁ。いかにも外国人が考える江戸時代の日本みたいな感じで、ちょっと萎えた

・終盤の、ロドリゴ神父がキチジローと会話する場面。ロドリゴ神父がある日本語を話すんだけど、キチジローは外国語で神父と会話できんだから、わざわざ日本語をしゃべらなくていいだろと思った。外国人のカタコトの日本語はわざとらしくて萎える。原作ではここ、どうなってんの?



ケチをつけるとしたらこれくらいだわ。

☆気になったところ☆

・この映画は、蝉の鳴き声のBGMから始まり、最後も蝉の鳴き声で終わるんだけど、これの意味を考えていた。

蝉=キリシタンのメタファーだと考える。
地中に隠れていて、地表に出てきたかと思えば、鳴くだけ鳴いてすぐ死んでゆく蝉は、役人の目を逃れて信仰を続けるが、バレて捕らえられ、モキチのように聖歌や神への祈りを口にしながら死ぬキリシタンというわけ。

もう一つ考えた。

蝉は地中でまさに「沈黙」している。地上からは、その姿を見ることはできない。しかし、<確かにそこに存在している>のだ。
確かにそこに存在している、ということ。それは、ロドリゴが、キリシタンたちの悲惨な姿を目の当たりにして、神はなぜ沈黙しているのかと考え、そして彼が「転ぶ」か否かの決断をするときの、彼が導き出した答えに通じているものである。

う~む。監督の狙いはどうだろうか。パンフレット買えば書いてあるかなぁ。






この映画、点数をつけるとしたら、ケチをつけたぶんを引いて、85点
特に中盤の、ロドリゴ神父が連行されたあとのシークエンスの出来は、牢屋の格子越しのカメラワークや井上筑後守ら役人たちによる尋問の場面の映像美など含めて、完璧だったと思う。


見に行ってよかったと充分に思える映画でした。

追記1

映画館に行ったら、普段は映画館のような場所ではお目にかかることのない、ベールを身に付けたシスターが数人いて少し驚いた。
彼女ら含め、客の年齢層は高めで、『沈
黙』の上映時間の長さに耐えられるのだろうかと心配していたら、案の定、後半あたりから周囲から寝息が聴こえた。いい映画なのにもったいないなと思った。

追記2

マーティン・スコセッシ監督の代表作『タクシードライバー』は『沈黙』とは180度違う映画だけど、めちゃくちゃ面白いので見た方がいいよ。

戦後文学探検隊2 「桜島」 梅崎春生

f:id:apocalypsenow:20170129003454j:plain軍隊のような高校を卒業し、威圧ばかりする教師ともこれでおさらばと思っていたら、大学のサークルでは、歳がひとつやふたつ上な程度で、上から目線でくだらない説教をかましてくるような、なかなか厄介な「センパイ」といういきものがいた。俺はもちろん、思いっきり反発した。

今、俺はあのときの「センパイ」たちの年齢を、とっくに越えている。

だんだん、彼らを許せるようになってきた。

人間というのは、単に、威張りたい、権力を誇示したい、王さまになりたい、周囲の人間を従わせたい、だけで、他人を上から押さえつけようとするのではないことが、わかってきた。
「センパイ」たちはむしろ、怯えていたのではないかと思う。
向き合わざるをえない現実、例えば、日本という低迷の国の将来であったり、自分自身の限界であったり、そういったことに、誰もが怯える。
その怯えから解放されるための方法のひとつが、自分より<下>の人間しかいないような、自分の王国をつくることなのだと思う。

俺は、「センパイ」たちが王国を作ろうとしたとき、反旗を翻したまつろわぬ民であり、「センパイ」たちを怯えから解放することに協力しなかった存在なのだと思うと、ウザいことをしてしまったなと、今になって反省している。





戦後文学探検隊第2回、
梅崎春生桜島」(青空文庫)を読んだ。


最初に言っとく

めちゃくちゃ面白い。
もっと早く読んでいればよかった。

戦後文学ってこれかぁ~って、感じ。




最初のほうの、主人公の村上兵曹が右耳の無い女と一夜を共にする場面の、スリリングなやり取りからもう引き込まれる。
舞台は終戦間近の鹿児島県。米軍が上陸してくる可能性が高い。登場人物全員が、死を意識していて、だからこそ、強烈な愛や憎しみを、というか、「自分」というものを、他人にたいしてぶちまけている。
その悲しさ、むなしさ。


物語をとおして、村上兵曹に挑戦してくる、「変質者の瞳」を持った、吉良兵曹長という不気味な男が出てくる。
この人物は、典型的な軍人に見えて、実はそうではない。軍隊というものを信じていて、依存していて、しかし、どこかで反発しているような、混乱した人物。彼の存在がこの物語に深みを与えている。

物語に登場する、純粋に日本の勝利を信じる少年兵や、絶望的な状況の前に達観している見張りの男といった単純な人物とは対照的に、村上とこの吉良兵曹長は複雑な人物であり、村上と吉良同士も、対照的な性格をしている。

軍隊にどこか嫌気がさしている村上、それでも軍隊で生き甲斐を見いだしてきた吉良。

米軍の大船団が近づいている。
その緊迫した状況で、交差し、また衝突する2つの個性が、終戦を迎えたとき、どのような反応をするのか。それがこの物語のクライマックス。


まぁ、彼ら二人を中心に物語が進むんだけど、見張りの男と主人公の会話も、なかなかいい味をだしている。

「つくつく法師は、嫌な蝉ですね」
という男の言葉が、その後の展開の伏線になっていたり、

「私は海軍に入って初めて、情緒というものを持たない人間を見つけて、ほんとに驚きましたよ。」からつづく、軍隊の性質を語る深い台詞も、そのあとの会話も、うわぁーわかるわぁーという感じで面白い。

中盤の
「人間には、生きようという意志と一緒に、滅亡に赴こうとする意志があるような気がするんですよ。」からの台詞は、この人物のかかえる生き方が伺える。

彼との会話を通じて、彼のように達観することのできない村上の複雑さが浮かび上がるし、後半の、士官たちがビールをのみながら騒がしく、ヤケクソの宴会をするシーンを際立たせる。

俺はこの見張りの男にもっとも感情移入ができた。自分なら、目の前に、迫ってくる、巨大な死があるとしたら、見張りの男のように、物事のすべてを理解したように、淡々としているだろうなという気がする。

見張りの男の最後の結末は、ちょっとかわいそうなんだけどね。